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2018年5月31日 (木)

東京国際ヴィオラコンクール 第2次審査 (2日目) 5/30

【早めに絞りすぎた】

コンペティション第2次審査の2日目を聴いた。8人全員を聴いての総括だが、忌憚なくいえば、最初のラウンドの突破を重視し、先のラウンドの準備まで手が回っていないコンテストタントが少なくないのではないかという印象をもった。そして、結果的にみると、よく準備された第1次審査だけで人数を絞ったことが仇となり、コンペティションのなかで成長していくようなコンテスタントを、このラウンドであまり見つけられないことは気になった。経験豊富で、傑出した審査陣からすれば、最初の15分だけで若者たちの才能を見抜くのも容易いことなのかもしれないが、ある程度、枠を広げておくことで、1番目のラウンドを抜けて自信をつけ、スコアを伸ばしてくる若者もいたかもしれないと思うと、いささか残念に思う。

【異なる文化から来る独特の感覚】

本日の4人のなかでは、セルヴィアのウラディーミル・ペルセヴィッチ(Vladimir PERCEVIC)の演奏が気を惹いた。といっても、圧倒的に巧いとか、音色がよいとか、知性的だいうわけではなく、東アジアのコンテスタントばかりが残ったなかでは感覚が独特だという意味である。特に傑作だったのは、野平の”TransformationⅢ”の演奏であった。もちろん、今回の8人が世界初演する作品で、まだ演奏の規範は定まっていない作品であろう。だが、他のコンテスタントたちの演奏によって、大体、こんな感じであろうというイメージは掴めていた。動的か、静的かというちがいはあるし、細かなアーティキュレーションやポルタメントなどの捉え方にちがいはあったが、ペルセヴィッチほど突き抜けたものはなかった。多分、審査にも加わっている野平からみると、決して妥当とはいえないであろうし、恐らく、大部分で作曲しなおしたかのような形跡があった。

ペルセヴィッチは作品をドラマ仕立てにして、深い抑揚をつけて表現している。バッハの原曲、野平による再創造に止まらず、演奏者本人による再々創造の結果として見なければ、この表現は理解できない。多分、彼が関心をもったのは、作曲家がバッハの断片を細々と捉え、ときどきはアイロニカルなものも含めて、精彩に分析し、それを響きとして出力していくときの、手法そのものではなくて、そこに至るまでに創造者が通った「内側」へのイマジネイションについてであった。彼は非常に高い創造的なキャパシティをもち、それを演奏家としても瞬時にアウトプットする特殊な能力をもっているのだろう。正直なところ、バッハという巨大な壁に後ろ足で砂をかけ、地団駄踏んで、大声で罵るような大半の表現は驚きだった。直前に原形を弾いたバッハそのものの演奏のなかには見られなかった清楚な素材の輝きは、それとの対比のなかで、私たちをうろたえさせるほどに魂を揺さぶり、その変容はみごとだったというほかない。

だが、野平氏が、このような音楽を書いたということは信じられないのだ。バッハの無伴奏で始めた彼のパフォーマンスだが、その演奏はいかにも大味だった。この日のコンテスタントは誰もが、バッハに苦しんでいる。彼も、そのひとりだが、その原因の主要なところは、あまりにも急速なテンポや、窮屈でタイトなフォルムのイメージから来ている。その点、野平の作品の素材として、同じ作品が現れるときの感覚は、僅かな瞬間のみであるとはいえ、まったくヒントを与えるものではなかったのであろうか。これが、非常に不思議な点である。

大柄な彼だが、細部では、意外に繊細な表情も宿している。シューマン『おとぎの絵本』の終曲でみせたソット・ヴォーチェや、子どもが寝入るかのような長いリタルダンドのアイディアは、8人の演奏のなかでも印象的なもののひとつで、ロマン派の演奏は彼のパーソナリティに適したものといえるだろう。もっとも、そのリタルダンドも過剰といえば過剰であり、伴奏のキリアンも驚いていたようにみえる。より繊細な仕上げと、バランスのよい感覚を磨けば、彼には大きな可能性があるように思えるのである。

【その他のコンテスタント】

最終的にバランスが良かったのは、最初のファン・ルーシャ(Luosha FANG)だった。前日の中国のコンテスタントは、まったく中国訛りを感じないユニヴァーサルな演奏家であったが、その点でみると、彼女にはまだローカルな趣がある。しかし、それは武満の作品で、ポルタメントする響きのなかに、僅かに溶け込んでいるようなものにすぎなくて、全体的には、既にノーヴルなヨーロピアン・スタイルを体得している。演奏順は武満、バッハ、野平、シューマン『幻想小曲集』である。前半でストイックな、礼儀正しい表現を見せつつ、最後の演目で、やはり表現者としての明るい矜持を示す爽やかな構成になっていた。

小柄なため、楽器も厚みがあるように見えるが、実際はごく標準的なものだろうか。今回、第2次審査に進んだコンテスタントの特徴は、まず、ヴィオラらしい独特な素晴らしい響きをもっていること。ファンの場合は、特に最初の武満の演奏における響きのコントロールはなかなかに耳を惹く。彼女の著しい美点は、拍の保持が精確である点にあった。もっとも、ときに、それは過剰なほどであったかもしれず、特にバッハでは余白のなさがいびつなフォルムを生み出してしまう。この曲、原曲のヴァイオリンでもなかなか癖のあるレパートリーだが、ヴィオラで演奏するのは非常に難しい印象となった。

中国のメイ・ディヤン(Diyang MEI)は非常に高度なスキルをもちながら、それを生かしきれない野蛮さが随所に目立つようになる。その強い響きは誰にでも出せるものでなく、はじめのうち、楽器のコントロールも安定して、響きの美しさには関心を覚えた。しかし、1曲ごとに完成度の低さが目立ち始め、むしろ、強引なところが目立つようになったのは、準備不足の一言だろう。

台湾のチェン・エンチ(En-Chi CHENG)も、羊頭を掲げて狗肉を売るカタチとなった。最初のうちは響きも魅力的で、ゆたかな音楽を奏でつつあったのだが、特に体力的なものか、最後まで集中力を保つことができず、演奏のクオリティは次第に低下し、1時間弱のリサイタル・ラウンドをもたせることができなかった。後半に行くほど、表現が平板となり、頭のなかに思い描いていたであろうアイディアを体現することができなかったようにみえる。また、ヴィブラートもところどころ、過剰であるように思われた。

【結果】

さて、16時過ぎに、このラウンドの結果が発表された。本選の進出者と、室内楽の選択曲は以下のとおりとなっている。協奏曲、ヒンデミット『白鳥を焼く男』は共通だ。リンクからは、それぞれの方の動画が見られるので、ご参照頂きたい。

1、近衛剛大
 ブラームス:ヴィオラ・ソナタ第2番/リゲティ:無伴奏ヴィオラ・ソナタ(1st、6th mov.)
2、Ziyu SHEN
 ブラームス:ヴィオラ・ソナタ第1番/B.A.ツィンマーマン:無伴奏ヴィオラ・ソナタ
3、Sejune KIM
 ブラームス:ヴィオラ・ソナタ第2番/G.ノックス:無伴奏ヴィオラのための”Fuga libre”
4、Luosha FANG
 ブラームス:ヴィオラ・ソナタ第2番/リゲティ:無伴奏ヴィオラ・ソナタ(1st、6th mov.)

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