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2018年7月 8日 (日)

映画評論 ドキュメンタリー『ゲッベルスと私』(A German Life) @岩波ホール

【概要】

オーストリー制作の、ドキュメンタリー映画『ゲッベルスと私』を視聴した。邦題の「私」とは撮影時に103歳を迎えていたブルンヒルデ・ポムゼル女史のことで、WWⅡの最後の数年間にわたって、ゲッベルスの宣伝省において職員(タイピスト)であったという。ほとんどの場面は、その証言によって成り立っており、戦中、もしくは戦後のドイツ側、アメリカ側のプロパガンダ・ニュース映像、ゲッベルスによる「名言」を捉えた字幕や、演説の音声などを交えて構成したものである。証言映画としては、113分はかなり長めと感じられるだろう。邦題から想像されるような、ゲッベルスとポムゼルとの間の特別な関係はなく、原題は”A German Life”ということである。邦題は、夏休みの読書感想文のタイトルのようであり、内容とは必ずしも合致しないため、良いとはいえない。

ポムゼルはプロイセン気質の厳格な父親の下で育った自らの生い立ちや、自らの性格から説き起こし、浮ついて軽率だった自分がよく考えもせずに、タイピングの職務上、出会ったナチ党員や、ボーイ・フレンドに影響を受けつつ、自分も党員となって、放送局での職を得たという思い出を反省的に語っている。ナチス台頭期から、そこでどんな仕事に就いていたか、上司ゲッベルスの印象や、オフィスの雰囲気、敗戦を迎え、ソヴィエトに連行されるときの様子などを物語っている。ゲッベルスは普段は繊細で、上品、隙のない男なのだが、いざ演説ともなると豹変し、がなり立てることに驚きを感じていたという。明確に謝罪のような言葉はないものの、後世、浴びせられたであろう言葉などを内に止揚しつつ、非常に高齢ながら、しっかりとした記憶を辿って、当時のような時代状況を自分のような普通の人間が、簡単に変えることはできなかったと主張するために出演した。

【エヴァと私】

一見、自己弁護のようにも見える言葉だが、戦後何十年も経過し、間もなく人生を閉じかけようとするときに敢えて自己弁護のために、映画出演に同意するとは思えないのである。女史の言葉を信用するなら、彼女は広告宣伝省の放送局に務めながらも、あまりにも世間のことに無関心であった。ユダヤ人に対するホロコーストについては、まったく知らなかったと主張している。証言のなかで、ゲッベルスよりも重要な人物として、友人のエヴァが登場するが、ポムゼルはユダヤ人であるエヴァがお茶の誘いに来た日、彼女が外で待つなかで、就職目当てに大金を払い、ナチスへの入党手続きをするという、いまから見れば信じられないほどの能天気さをもっていた。彼女はユダヤ人迫害のなかで、エヴァが生活に困窮しているのをみて、幾許かの援助を与えるような状況になっても、まだ事情を察していなかったようである。

それがどこまで本当の記憶なのか、わからないが、エヴァもエヴァで、宣伝省に入る以前は職場にポムゼルを訪ねたりしていたという。大らかな時代がつづくうち、いつの間にか、抜き差しならない状況のなかに、2人とも組み込まれてしまっていた。そのように聴こえる証言だ。気さくで聡明なエヴァは人種のことで非難されながらも、ポムゼルは「ちょっと混じっているだけよ」と口添えし、彼女の魅力は同僚たちの気を惹いたということだ。

エヴァの心中を察すれば、ポムゼルの分析は甘いのかもしれない。私は、エヴァが次第に追い詰められていく状況のなかで、藁をもつかむ心情で、ポムゼルを頼ってきたように見受けられるのだ。そうでもなければ、交通費もろくに工面できない中で、ベルリン市中を歩いて出てくる決心はつかない。後日、エヴァは再びポムゼルの職場を訪ねたいと希望したようだが、その頃は既に宣伝省に異動しており、願いは叶わなかったという。エヴァは、自分を拾ってくれる誰か、男の人のことを期待していたのではなかろうか。結局、エヴァはベルリンから郊外へと去り、ポムセルに、その後の消息は知れなかった。後日談として、エヴァは1943年にビルケナウに収容され、終戦の年にガス室送りとなったことが付記されている。

【証言の信憑性】

映画の制作チームも、ポムゼルをただ正直者として映像化するつもりはなかったのであろう。ジャーナリストとして、必要な警告は打っているのだ。特に面白いのは終戦間際にアメリカが制作したプロパガンダ映画である。そこではいかにも気位の高いリベラルな教師が典型的な「アーリア人種」の特徴に嵌らないナチス幹部を揶揄し、アーリア人はいない、支配人種もいないと断言し、様々な種類の人間がいることが素晴らしいのだと説いて、憲兵が教室に来ても話しつづけ、最後には殴られて連行される。この『だまされるな!』という題名の映画からは多人種を内包する米国の在り方を賞揚し、黒人や移民を焚きつけて兵隊にしようとする意図が明らかである。映画の趣旨はドイツ人の主張に「だまされるな」ということだが、今日的にみれば、いささか別の笑いの種もあるようだ。なぜならば、人種差別などはないと言いながら、米国に黒人差別や、先住民との関係についての問題、移民間の格差などがあることは、今日、誰もが知っていることだからである。

すべて真実の証言と決めつける必要はないが、大部分において、ポムゼルが誠意ある証言を行っていることは否定のしようもない。彼女は若いころ、過ちを犯し、無関心でもあったろうが、何十年もの歳月を経て、彼女の率直な意見が意味をもつ時代がやってきた。世界では右派、もしくは、ポピュリストが権力を握る傾向が強く、そのことがいっそう、世界を不安定にしている。映画製作に関わったオーストリーでも極右政党が伸長しており、クルツ首相の国民党と連立しているのだ。こうした政治的な偏りと闘うすべての人たちのために、ポムゼルが出演を承諾したのは想像に難くない。ポムゼルはある意味では、華やかで手ごたえのある職場を得たかった、ごく普通の女性を演じる役割である。モノクロームでひときわ強調された深い皺が肌に刻まれているものの、103歳にして、あの顔立ちなら、若いころは相当の美人だったにちがいない。光り輝く容姿といっても過言ではなかろう。しかも、原稿もなしに、素晴らしい記憶力で語っている。彼女は結局、撮影の3年後に亡くなったというが、人生の最後において、みごとな「女優」として映像のなかに記録されたのだ。

とはいえ、その証言の信憑性が損なわれることはない。魂のメッセージは重く、胸に響く。彼女が何かに気づき始めたのは、スターリングラード戦のころからだという。数ヶ月の間、気に入っていた宣伝省の雰囲気も一変し、白ばら運動を弾圧するギロチン処刑、そして、スポーツ宮殿でのゲッベルスの「総力戦」演説を聞いてからの変化が決定的だったようだ。彼女は宣伝省の職務で、「ヴァイセ・ローゼ」ハンス・ショル兄妹らの裁判記録を隠蔽し、不穏なビラを処分する役割も担ったという。

【過去よりも、現在を照らす言葉】

劇場の券売所では今回、「衝撃的な映像」が流れる警告を出している。それは虐殺の末路を予告した宣伝映画のなかで、獣の死骸のごとく、乱雑に運ばれていくユダヤ人と思しき死体の扱いと、ほぼそのとおり、戦後になって判明した収容所の遺体処理についての記録映画である。ポムゼル自身は収容所について、政府に反抗する人たちや、暴力沙汰を犯したような人たちが一時的に収容される場所として認識していたようだ。例えば、日本でも、いわゆる「森友疑惑」の籠池泰典氏の夫婦が裁判を受けることもなく、10ヶ月にわたって勾留される人権侵害にさらされたが、そのようなときに警察や検察、司法が、何もしていない人を無理やりに押し込めているとは考えないものだろう。ポムゼル女史の発言には、あながち疑いの目を向けるべきでもない。むしろ、そのようなことが今後、頻りと起こりやすい情勢になっている点が無視できないのである。

たとえ、ポムゼルの発言すべて嘘だったとしても、この映画には貴重な視点がみられる。それは市井に暮らす人たちが変化に対して、そう簡単に対応することはできないこと。後世の人たちからみたら、当たり前と思われる判断が容易にできなくなってしまうことは、すべて事実だろう。現在の日本には、既にその兆候がある。そして、もっとも重要なことは、彼女があまりにも政治的に無関心であったという事実である。この意味でも、現在の日本は同じように、危険性が高い。国政に関わる選挙でもようやく半数を超えるぐらいの投票率しかないことを思うと、現代日本に登場するヒトラーは、もっと簡単に仕事を成し遂げられるはずだ。確かに、もっとスケールの小さなヒトラーなら、現に生まれつつある。

女史の発言を、同じく岩波ホールでも上映した『ハンナ・アーレント』の言葉と比較しても意味はないだろう。過去の物事よりも、現在を照らすためにこそ、彼女の言葉に光が当てられていることは忘れてほしくない。指導者の命令というだけで虐殺を役所仕事のように、流れ作業にしたアイヒマンというよりは、仕事がほしくてナチスになってしまうタイピストの女性のほうが、はるかに現実感がある提起となる。我々は虐殺はしないだろうが、仕事は誰でもほしいものだろう?

それに、アイヒマンやアーレントという著名なアイコンが関係することで、ミルグラムのような間違いを犯すこともある。オーストラリアの放送局が制作したドキュメンタリー『ショックルーム』の検証によれば、アーレントの理論を裏打ちする印象を与えたミルグラムの実験は多分に、結果ありきの演出によるところが大きかった。実際には、期待したほど人間は残忍になれず、途中でほかの選択肢を探し始め、やるしかないと言われれば、いっそう拒否する場合が多かったようである。大半の人が何らかの形で命令を拒否していたが、ミルグラムは、その一面を切り取って、人間の行為の恐ろしさを印象づけることに成功した。もっとも、この場合には、ポムゼルにとっては、いっそう不利な証拠となる。もちろん、彼女が当時、誤った選択をしたのは間違いないのだ。それだからこそ、彼女に価値がある!

映画の内容ではなく、出来そのものについては、私に論評の資格はないと思われる。なぜなら、このような証言映像によるドキュメンタリー映画について、あまりにも無知だからだ。そのため、映画ドットコムに掲載された製作者の側からのメッセージでさえ、貴重に思えるのだが、ポムゼルは過去において、このようなインタヴューに大きな不信感をもっていたということだ。長い時間をかけて説得し、クレジットされた4人の監督がそれぞれ築いた関係から、100歳を超えるポムゼル女史から、あらゆる言葉を引き出していったという。並大抵の努力ではなく、「技術」といっても差し支えない。このチームは今後、複数の収容所を渡り歩くことになったユダヤ人被害者を皮切りに、加害者、レジスタンスにも焦点を当てて、順次、作品を制作・発表していくプランとのことで、これらが順調に完成し、日本でも公開されることに期待したいものだ。

公開序盤の岩波ホールは、平日の早い時間帯ということもあり、高齢者を中心に賑わいが見られた。このあと、どこまで、広がりを見せるだろうか?

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