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2018年11月 2日 (金)

イザイ音楽祭ジャパン 東京公演 新発見『無伴奏ソナタ』ほか  出演者;フィッリップ・グラファン ほか 日本イザイ協会 10/20

【イザイ音楽祭】

ウージェーヌ・イザイは19世紀から20世紀にかけて最高のヴァイオリンの巨匠であり、優れた作曲家でもあった。特に、彼が6人の友人たちへと捧げた無伴奏ヴァイオリン・ソナタは、それぞれが大曲というわけではなく、むしろ、簡潔にひとつひとつのテーマを追った質素な作品たちであるが、それらのどれもが現代のヴァイオリニストにとっては最愛の、そして、必ずぶつからなくてはならない試練の作品となっている。バッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータの6曲と同様、イザイの作品は特別に尊重されているのだ。最近、そのイザイの未知のソナタが発見されたというニュースが飛び交った。もっとも、そのソナタはいま述べた6曲のソナタに入るはずのものだったらしいが、バッハの前例に倣う形で調性を改めたせいで、お蔵入りとなったものだという。

ことしイザイは、生誕160年のアニヴァーサリー・イヤーに当たっている。これを記念して、日本イザイ協会は「イザイ音楽祭ジャパン2018」を企画。音楽監督に、イザイ直系の孫弟子にあたるフィリップ・グラファンを迎えて、日本初演を含む珍しい作品、編成の曲目を用意して、演奏会を開催した。このガラ・コンは大阪と東京の2都市で開催、講演とパネル・ディスカッション、マスタークラス等を複合した意欲的な企画となった。私が聴いたのは、東京文化会館でのコンサートである。この日、同館の小ホールではマチ/ソワで別公演が組まれ、その2本目である不慣れな主催者にとっては難しい状況になってしまった。押せ押せのリハーサルが長引くなかで、開演前のホール・ロビーでは、列をつくるオーディエンスで一杯になってしまったのだ。しかし、そんな不手際も幕間のベルギー・ビールの大盤振る舞いで、ほとんどの人は忘れてしまったことだろう。

【新発見のソナタ】

メイン・ディッシュは、後半に演奏された新発見のソナタだった。これに代わって、マヌエル・キロガに献呈された第6番の調性は、バッハのパルティータ第3番と同じホ長調だが、新発見のソナタはハ長調だという。確かに、響きが明るく、素朴である。第1楽章は調性に沿ったシンプルな入りから、終結に向けては厚みを増して、エネルジーコに多彩な響きを集めていく。緩序楽章はフランコ・ベルギー楽派らしいバロック趣味が窺われ、グラファンのつくるハーモニクスが閑静に輝いた。終楽章は前2楽章を足して、華やかさを増した優雅なフィナーレ。第6番と同様に、さほど長い作品ではない。クオリティは出版された6曲に劣らず、簡潔で、テーマがわかりやすい。

グラファンは、イザイの高弟であるジョゼフ・ギンゴールドにつき、既に述べたように作曲家の孫弟子にあたる。ただし、彼は先生の教えなり、イザイ直系の演奏をそのまま守るというタイプの演奏家ではない。それらを十分に尊重しながらも、幅を広げ、自分のやりたいパフォーマンスを開発してきた個性の強い音楽家だ。同じフランコ・ベルギー楽派といえども、例えばオーギュスタン・デュメイのような折り目正しく、ゴージャスな雰囲気はなく、性格的にもやや大らかなところがありそうだ。シンプルなノン・ヴィブラート・ベースはいかにもな雰囲気だが、一見、ごっつり塊となった音は、光沢のある多彩な昆虫が空に羽ばたく姿を想像させる。ハーモニクスやピッチカートは、異様にうまかった。何でもハイ・レヴェルにできそうだが、一方で、どれにも深みの欠けた天才型の音楽家という印象になった。

件のソナタに関しては、まだ発見当初であり、グラファンの演奏が十分に説得力のあったものだったとしても、演奏の積み重ねによって生じる可能性がまだ豊富にあるように思われた。

【グラファンの特別な音楽観】

ユニークな演奏家が入るなかで弾かれる室内楽は、なかなか簡単なものではない。グラファンによるソロ・ヴァイオリンを中心に、無伴奏ソナタ第5番の声部を vn×2、va、vc のクァルテットに散らした室内楽版編曲や、ドビュッシーのクァルテットは、演奏としてはいまひとつだ。オープニングの演目となった室内楽版のソナタは、出演者の顔見世的に華やかな雰囲気を演出するだけでもよいが、最後に置かれたクァルテットは、もう一段上のクオリティが求められるところだろう。しかし、その演奏スタイルはグラファンの音楽観をみごとに体現したものであり、もちろん、批判するつもりもない。

グラファンの第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリンに小林美恵、ヴィオラに今井信子、チェロに岡本侑也というメンバーによるこの日の演奏は、ドビュッシーの音楽の不思議さをまったく解決しない形でおこなわれた。言ってみれば、スぺクトル楽派のような響きのコレクションとして、それにふさわしい個性的な響きを発揮させることだけがグラファンの求めるものであった。小賢しいフォルムの構築や、アタックの統一などは、所詮、臨時編成のアンサンブルで実現できるものではない。それに時間がかかることは、彼自身がよく知っている。この点で、今回のような短期の音楽祭において、グラファンがリーダーを務めた場合、室内楽では出演者各々が個のクオリティを、どれだけ素直に発揮できるかが問われていたように感じる。その手法はかなり特殊なものだから、1回、2回で、簡単に習得できるものでもないのだろう。

なお、ドビュッシーの弦楽四重奏曲はイザイに献呈されており、グラファンはまたも、その役に徹していたことになる。もしもイザイがグラファンのようであったのなら、彼と一緒に演奏する人たちも、もちろん、アルバン・ベルクQのように構築的な演奏をしたとは限らないのではないか。ヴァイオリニストが自らの音楽を貫けば、作品が秘めている「答え」もひとつとは限らないのである。

グラファンの役割と、その他のメンバーのバランスが非常に効果的だったのは、ショーソン『詩曲』の室内楽版である。原曲はソロ・ヴァイオリンと管弦楽によるものだが、私家演奏のために準備されたこの版では、伴奏がピアノと弦楽四重奏になっている。独奏と、背景の重みが等価となり、とりわけ優れた演奏家同士であれば、管弦楽版をはるかに凌ぐ充実した印象を得られるにちがいない。メンバーは第1ヴァイオリンに小林、第2ヴァイオリンに加藤知子が入り、今井と岡本の低音は変わらない。小林はあまり室内楽での活躍がイメージにないのだが、この日のパフォーマンスではグラファンのめざすスタイルとよく噛み合って、いちばん相性がよかった。ショーソンは熱く、小さな編成でも厚みがあるが、その点が濃厚に印象づけられた。なお、この曲の初演者は、ウージェーヌ・イザイであるという。

【その他のイザイの作品】

無伴奏ヴァイオリン・ソナタの高名さにもかかわらず、イザイのその他の作品については、ほとんど知られておらず、演奏に接する機会も稀だ。ショパンの作品がほとんど鍵盤作品で占められているように、イザイの場合は、弦楽器、とりわけヴァイオリンを用いた作品が多いのは明らかだが、管弦楽や弦楽オーケストラを伴う協奏的な作品も存在する。今井信子は無伴奏で、イザイの『序奏』を弾き、その師であるアンリ・ヴュータンの『奇想曲(カプリッチョ)』を演奏した。イザイのヴィオラ作品は難技巧も少なく、何の目的で書かれたのか、素っ気ない感じでおわる。ヴュータンはフランコ・ベルギー楽派の源流にちかく、アントニン・レイハ(アントン・ライヒャ)について、中西欧の音楽的伝統に直接、結びついている。カプリッチョは短いが、今井にとっては得意の演目で、古典作品と親和的な流派の特徴を、ヴァイオリンとは異なる楽器の声で、鮮やかに物語った。イザイというと難技巧が多彩に織り込まれ、それらをこなすと、自ずから華やかに印象づけられる作品のイメージだが、こうしてみると、イザイらの音楽はその前の世代よりも、音楽を飾り立てていたものを少しずつ削ぎ落としていく過程から生まれたともいえそうなのである。

イザイには、チェロ作品もあった。この日のパフォーマンスのために選ばれたのは、ベルギーのエリーザベト王妃国際音楽コンペティションで第2位に入った岡本だった。彼の演奏は八王子でおこなわれたガスパール・カサド国際チェロ・コンクールで耳にしたことがあるが、当時はまだロー・ティーンであったと記憶している。そのとき、入賞はならずとも、特別賞を贈呈した審査団の眼力はさすがだった。そのときはまだ、彼の才能に深く印象づけられなかった私でも、この日の演奏の素晴らしさには気づくことができた。目も覚めるような快演だった。イザイの『瞑想曲』が彼の手で日本初演されたのは正に、記念すべき出来事だ。元来は、イザイにとっては珍しい独奏チェロと管弦楽のための協奏曲である。だが、ピアノによる伴奏で、独奏チェロの声部は圧倒的に美しく生まれ変わる。曲全体はやや暗めに照明が落とされ、内省的な感じになってしまうが、それはそれで悪くない!

録音を聴いても魅力的な作品であり、ヴィオラと同様、ヴァイオリンの曲ほどは技巧的ではないし、一端の音楽家なら、クオリティを出すのに苦労はしないであろう楽曲だが、それにしても、岡本のパフォーマンスは特筆に値する。特に、終盤で最低音を出す部分ではリストをひねり、1本ずつ弦を味わうようにして弾く奏法にゾクッとした。ピアノ伴奏では既に書いたように、やや地味な仕上がりとはなるが、チェロ1本で、全体的にバランスよく、魅力ある表現を貫きつづけた集中力はみごとだろう。また、この公演のアシスタント・ディレクターであるピアノの水本桂も、冬の歌、瞑想曲、詩曲と、3曲にわたって際立った貢献をしている。外国にいるか、故郷の和歌山での里帰り公演、もしくは、この「イザイ音楽祭」のシリーズでしかお目にかかれない近年の活動リズムだが、この公演のおかげで彼女を見つけられたことは、ひとつの収穫としてよい。

日本初演ではなかったようだが、イザイ『冬の歌』の演奏もレア・ケースであったことに変わりはない。加藤知子の演奏は終盤、小さな瑕疵があったものの、全体としては十分にクオリティの高い演奏だった。イザイの音楽祭だが、出演者をフランコ・ベルギー楽派の演奏家だけに限定しないのは面白いところで、例えば加藤は江藤俊哉の弟子であり、「ロシア派」と呼ばれるジンバリストや、レオポルド・アウアーの系譜を引いている。彼らが演奏した場合、イザイの音楽はやや湿り気を含み、後期ロマン派的な重みのある華麗さへと変容するが、加藤のパーソナリティからは、それらをさらに清楚にグレード・アップさせるクオリティが加えられている。イザイは煌びやかな部分もある一方、素朴で飾り気のない演奏のほうが生えるのかもしれない。

【ベルギーと縁のある年】

おわってみれば、なかなか味わいのあるイベントだった。別日にはなるが、講演なども聴いてみたかった。幕間にはベルギーのビール”VEDETT”のエスクストラ・ホワイトが振る舞われ、コリアンダーとオレンジ・ピールをまぜた独特の濁りけが印象に残る。日本のクリアなビールと比べると、どぶろくのような味わいで、喉ごしというよりは、どろっとして食事によくあう感じがした。私は酒飲みではないが、いくらでもイケそうな軽い飲み口だった。ことしはサッカーのロシア・ワールドカップで、日本とベルギーが熱戦を演じ、国宝ルーベンスも上野にやってきた。なにかの節目ではないようだが、縁のふかい年である。

【プログラム】 2018年10月20日

1、イザイ 無伴奏ソナタ第5番(op.27-5 *vn-solo+SQ版)
 (ソロ:フィリップ・グラファン、vn:加藤知子、小林美恵、va:今井信子、vc:岡本侑也)
2、イザイ 冬の歌(op.15)o
 (vn:加藤知子、pf:水本桂)
3、イザイ:瞑想曲(op.16)
 (vc:岡本侑也、pf:水本桂)
4、ショーソン 詩曲(op.25 vn-solo+SQ+pf版)
 (ソロ:P.グラファン、vn:小林、加藤、va:今井信子、vc:岡本侑也)
5、イザイ 序奏/ヴュータン 奇想曲
 (va:今井信子)
6、ドビュッシー 弦楽四重奏曲(op.15)
 (vn:P.グラファン、小林美恵、va:今井信子、vc:岡本侑也)

 於東京文化会館(小ホール)

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