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2020年2月

2020年2月 7日 (金)

デスプラ&ソルレイ 歌劇『サイレンス』(En Silence) @神奈川県立音楽堂「ボーダーレス・オペラ」 1/25

【概要】
アレクサンドル・デスプラは映画音楽の分野で、オスカーを2度獲得するなど、数々の栄誉を身に受け、いま、世界でもっとも多忙な作曲家のひとりである。そのデスプラが初めてのオペラとして選んだ素材が、川端康成の書いた1953年の短篇小説『無言』であった。この作品はルクセンブルクの歌劇場で、コンパクトな室内オーケストラと、数人の歌手と役者、さらに映像を伴う作品として初演されたが、このほど、京都と横浜でも上演が行われた。この小説は20頁にも満たない作品で、幽霊が登場することから怪奇ものとして扱われているが、その本質は心理劇である。

老作家(大宮)が病を患い、一言も発さず、書くこともしなくなった。それを久しぶりに見舞う20年ほど後進の、弟子の立場にちかいもうひとりの作家(三田)。それに応対する老作家の娘で、何らかの理由で結婚せず、父の傍に留まる中年女(富子)。若いほうは鎌倉に住まい、老作家は逗子にいる。車なら、20分たらずの道だ。往路のハイヤーで、後進の作家はこの道の復路につく空車に幽霊が出るという噂話を聞きつけた。それに加えて、老作家の近況についての考察により、いわば第1部が構成されている。大宮宅では老作家も同じ空間にいる中で、幽霊の噂をきっかけに過去の大宮の作品の話になり、娘と語らうことになる(第2部)。娘が中座する間、物言わぬ老作家に対して、先刻、考えてきた考察を改めて披露し、いつしか自分のほうが優位であるかのようになってしまい、一文字でも書くようにすれば、どんなにいいかと詰め寄っていくことになる第3部。そして、帰路で本当に幽霊と出会う第4部で構成される。明確に部分わけされているわけではないが、大雑把にみて、そのように切れるという見立てである。

デスプラのオペラも、正にこの切り方でいっており、言語こそフランス語に変わっているものの、場面のカットも少なく、プロットの書き換えもほとんどないのは意外だった。アフタートークによれば、デスプラがこの作品を知ったのは、まず英語の翻訳からであり、最終的にフランス語の翻訳を見つけて、この創作につながったということだ。

【素材への尊敬】
小説の書き手への尊敬は明らかで、新国立劇場での歌劇『紫苑物語』の制作において、台本の佐々木幹郎が本質的に、石川淳に対して何ら特別な思い入れをもっておらず、作曲家の西村朗ともども、原案(原作とは呼べない)に対し、好き勝手な創作姿勢を貫いたのとは大きなちがいである。後者において、歴史的な傑作が凡庸な台本になってしまったのに対して、デスプラの創作は川端の他愛もない創作を、あたかも畢生の傑作のようにみせることになった。確かに西村の自由闊達な音楽表現は、それはそれでユニークなものであって、音楽的な発想を邪魔せず、自然に助長する佐々木の方法にも、私はまったく無理解というわけではない。しかしながら、デスプラが芸術的創作のパートナーでもあるご内儀のソルレイとともに、作品そのものの中身をまったく変えず、ドストエフスキーのような深い心理的作品へと掘り下げていったのと比べると、いささか児戯っぽい様相を呈しているのは間違いない。

しかも、川端がある意味では描ききれなかった人間たちの関係を、デスプラは見事に深め、印象に残るものへと成長させた。簡単に言えば、三田と富子は恋愛関係というような浮ついたものではないにしろ、大宮に対して、何らかの共犯関係を示している。これについては、追々、読み解いていくことにしたい。

【3へのこだわり】
アフタートークによれば、デスプラは「3」という数字にこだわったようだ。登場人物は大宮が実質的に存在しないものの、三田と富子に加え、ナレーターを加えることで、3となった。楽器の編成では弦楽部と打楽器に加え、木管はクラリネットとフルートが3本ずつである。バス・クラリネットや、バス・フルートまで使い、それらのニュアンスをうまく利用している。私はフルート側の席だったせいか、この属の表現力の高さに驚かされた。加えて言葉には出さなかったが、「3」はキリスト教においても意味のある数字である。この作品には霊的なものが描かれているが、その捉え方は日欧で大きく異なる点もある。そのあたりも、テーマのひとつではあったにちがいない。

【音楽的特徴】
音楽は総体として、特に難渋なものではなく、19世紀後半から20世紀半ばまでに確立した語法をシンプルに引いており、一見しての目新しさこそないものの、序盤から内面的なモティーフにはよく寄り添っていることがわかった。デスプラは映画音楽の大家として名を成しているわけだが、今回の創作においては特段、映画的な特徴は感じられなかったし、近作 ”The Shape of Water” をはじめとして、その分野における成果を直接、思わせる部分はなかった。作曲家は武満徹や久石譲を尊敬し、雅楽やドビュッシーの作品を融合したいと思ったという話をしていたが、私としては同じ怪奇ものもあるせいか、ブリテンの歌劇などによく似ている感じがした。テーマをめぐる明暗のちがいこそあるが、『アルバート・ヘリング』はこの作品にいちばん近く、また、今度、日本の新国立劇場でのプレミエが決まった『夏の夜の夢』とも近似値にある。

もっとも、ドビュッシーであれば、小説という文字情報から色彩ゆたかなアートの発想(共感覚)を導いたソルレイの発想ともよく響きあい、あながち、その発言も筋違いというわけではなかろう。ドビュッシーの歌劇『ペレアスとメリザンド』はオペラ史を貫く名品のひとつであり、さすがにそれと比べるのは困難だが、彼の残したいくつかの優れた歌曲(『ビリティスの歌』など)とは親和性がありそうである。かつてヴァイオリン奏者でもあったというソルレイは、共同台本を務めたほか、演出と音楽監督にもクレジットされ、ビデオ演出担当でもあって、恐らく、作曲を除くほとんどの部分において、夫と同等以上の役割を果たしているといっても過言ではない。

【日本とフランスの文化とのコラージュ】
舞台前面に役者たちのプレイ・スペースがあり、横長の繰り抜かれた窓枠を通してみえる後方の空間に楽士の姿がくるように配置されている。楽士は演奏するだけではなく、橙を基調としたような衣装を身にまとい、私にはどことなく北アフリカ風の雰囲気を感じさせた。デスプラは若干、羊飼いのような・・・という言い方をしていた。また、この並びは能楽の囃子方や、歌舞伎のおめでたい演目などで、裃をつけた楽士が後方に列をなして舞台に寄り添う風情と似ているが、デスプラは雅楽の影響を受けたものだと言う。

音色的にも、局所的ではあるが、歌舞伎や雅楽、祭囃子の影響が感じられる部分は指摘できるが、それらは断片的なものなのであって、コラージュ的ともいえようかと思う。

装置はほとんど使わず、黒い箱などを移動させ、何かに見立てていく手法であり、能楽や狂言のようなものとよく通じる。また、その配置もときに神秘的であり、寺院の白洲に浮かぶ石庭の雰囲気を思わせる部分もあった。語り手は船頭、修験者、棒術使い、あるいは旅人のように、長い棒を携え、この海を旅しながら歩くのだ。日本の歌舞音曲や衣裳、所作、デザイン、精神などを露骨に当て嵌めるのではなく、足りないものを巧みにイメージさせながら、日本的な考え方を香らせていく工夫が心憎い。

【三田と語り】
物語は、語り手から始まる。これが三田なのかと思いきや、次の場面でファルセットから登場するバリトンと交代するのは驚いた。ファルセットは最初だけだが、やや上ずる音程を多めに使って、バリトンとテノールの音域を行き交い、歌唱はきわめて難しいと思われるが、後半になって、低音の歌手でないと対応できない部分も現れる。コメディ・フランセーズの役者ロラン・ストケールは野生的な味わいをもつ俳優だが、運転手の役や、ベッドに見立てた椅子にただ座っている老作家を演じるのに加え、地語りに対応する。最初、彼が三田であると思わせたところで、早速、彼の勝ちであった。彼もまた、白洲の石の如く、何にでもなり得るのである。私の印象では語りは最低限であって、彼は精霊のように舞台上を彷徨っているのが主であった。タクシーの場面で、バリトン歌手のロマン・ボクレーが三田を引き継ぐ。作品が普遍的なものとして残るなら、この役がもっとも深く鍵を握るのは言うまでもない。非常に広い音域、跳躍的な音の動きもあり、抑制的ながらも、ときに強い表現が求められる。

そのクライマックスは「第3部」で、老作家に「メと書く準備をなさい、メルシー、メルシーだ!」と居丈高に詰め寄る部分の歌唱である。原作とデスプラ&ソルレイの本でニュアンスが大きく異なるのも、この部分だろう。小説の書き手は三田の高揚を描きはするものの、その内面は実のところ、最後まで巧妙に隠されており、表面上は一貫して醒めたままであるのに対して、オペラのほうは富子に対する何らかの想いを感じるほどに、情熱的に昂っていくからだ。この段では書道を取り入れ、川端が文字列を分解して、水のミ、茶のチなど、一文字一文字に強い力を当てようとした発想を、筆でアルファベットを書くという場面で見事に表現しており、鳥肌が立った。三田は興奮すると、その筆を大宮に握らせようとし、半ば強要する。軽い虐待だ。楽士のカラフルさと比べて、基本的にはモノクロームの白と黒が基調になった舞台のなかで、墨書がそれともっとも印象的に結びつく白黒の象徴であることも重要で、実際には灰色の紙に書くが、照明などの具合で、客席からは白に見えたのも配慮が行き届いている。

しかし、この場面をさらに引き立てるのが、直後の本当に何も音がない場面だ。三田が我に返って自らの非を詫びるころ、中座していた富子が戻ってきて、酒肴や茶を振る舞う場面だ。マイムはマルセル・マルソー(正確には彼の師匠たち)以来、フランスの得意技といってもよかろう。静寂を愛する日本の文化と、これほど見合うものもない。例えば物語の最後は、原作では「だまって、鎌倉まで送ってやりゃいいんですよ」だが、オペラでは「沈黙を保ちましょう」と、ややメッセージが明確になっているが、これは象徴的である。先の場面に戻れば、完全な沈黙とマイムは多分、30秒くらいで終わっていくが、その後、さらに楽器の薄い響きはあるものの、まだ静寂に近いといえる時間が継続し、ややあって、ようやく富子の台詞が入り、別れとなるところも手が込んでいる。間には、茶道の所作などがみられた。

【映像の役割】
映像はやや粗忽にもみえるが、歌舞伎の背景のように素朴であるといえば、言えなくもなかった。問題のトンネルも実際の小坪トンネルのイメージとちがい、近代的なものにみえた。このトンネルは狭く、短い洞穴が連続していて、草木が生える背後の山の風景と一体化して、ソルレイのイメージとは大きく異なっているのを私たちは知っている。

また、時代的な矛盾はあるものの、野球中継のシーンは面白かった。スクリーンに大宮が目にしているであろうプロ野球の映像を投映し、その心象風景を可視化したのである。映像は恐らく1970年代のものであり、いずれも巨人戦で、広島や阪急と戦う王貞治や、アンダースローが特徴だった阪急の山田久志投手、背番号10の張本選手?、18の堀内投手?などと思われる選手の姿が見て取れる。昭和20年代の小説の時期からすると、これらの選手の活躍時期は合わないし、カラーテレビもまだないはずだが、なんとなく、この小説を読むと、実際の創作年ではなく、1960-70年代の雰囲気が浮かび上がってくるのも確かだろう。川端にはなんとなく見えていたような、日本の未来を描いた小説だったようにも思えてくるのだ。

また、作中作『母の讀める』を回想するシーンはナレーターが介入せず、活き活きとした音楽だけが鳴り、字幕に内容が投映され、映像ではなにか古代の象形文字のような美しい文様がスロットマシーンのようにぐるぐる回る仕掛けになっていた。この表現も個性的で、意表を衝かれた。原作では『娘の讀める』については三田から提案していたと記憶しているが、オペラでは富子自身が思いついて、それに三田が発破をかける形にした。数少ない改変だが、あまり象徴的な意味は感じられず、創作上のちょっとした都合によるものでしかないと思われる。また、改変による影響も些細で、いちいち論じるには値しない。

【幽霊について】
富子役は歌唱的にはやや損に思えるほど、目立たない役だ。そして、歌よりは、細やかな演技のほうにウエイトが置かれる。終盤では、富子役の歌手が白装束を着て、幽霊の姿を見せるのがデスプラ&ソルレイによる独創である。音楽は確かにおどろおどろしいのだが、視点を変えれば、祭囃子のようにも聞こえて、2番目のクライマックスを築く。歌舞伎にも怪談がいくつかあるので、デスプラもそれを観たのではないかと想像できる。序盤ではやや言葉の順序を変え、あれは誰の幽霊だろうという台詞になっていたが、その問いが、この終盤に生きてくることになった。

噂の幽霊は空車にしか出ないはずであって、噂はあくまで噂であるものの、いささか事情が異なる。そこで、とうとう大宮が死んだのではないかという想像も浮かぶようになっている。その場合には3つの原因が考えられるので、①普通に病状の進行によって、最後の発作になった②三田が強く刺激したため、のちに発作を起こし、死亡した③何らかの理由で大宮が邪魔になった富子が、とうとう老作家を葬った。しかし、確実にそのどれかであるといえるほどの根拠は何もないだろう。逆に、何らかの理由で富子のほうが身罷ったという可能性もなくはない。この場合は自殺の可能性が高く、その原因は誰にも分らない。いずれにしても、三田の来訪が大宮と富子の関係にも変化をもたらすのは、デスプラ独特の解釈である。

【三田は三島か?】
三田は、三島がモデルではないかとデスプラは言った。実際に川端と三島が出会ったのは、1946年ごろのようであり、まったくあり得ない話ではない。また、デスプラの意図とは外れるが、川端は多くの後進の作家たちに、自分を作者として代作させたという噂話も知られており、三島もその代表選手のひとりかもしれないということが知られている。当の『無言』にしても川端の代作をしていた人間が、秘密をばらすように書いていると見えなくもないのだ。もう書けなくなった大宮に代わって、富子が創作を進めるべきだというのは、代作者のひとりとして知られる女流の中里恒子の影を想像させるだろう。しかし、小説のなかでも噂話が微妙にハズれていることや、大宮も三田も、私小説は書かないと話す内容などから、川端自身が噂を逆用し、詮索好きな世間を皮肉っているようにも見えるのである。

人名だけをみても、すこし謎解きができる。大宮は逗子に住み、三田は鎌倉に住む。地名ばかりが並んでいる。埼玉県の「大宮」について調べてみると、そこは太宰治の活躍した場所であった。『人間失格』も、大宮で仕上げたという。ならば、小説の「大宮」は川端と太宰の合成かもしれず、しかも、これら2人と関係があったのは三島である。面白いことに、娘ではないものの、太宰にごく近しい関係者として「富子」(林富子)もいるのである。一方、三田といえば慶應であり、『三田文学』は明治、大正、昭和期の文壇を支えた主な発信源のひとつだったといえる。しかし、三島は帝大の法科に入り、最初は官僚になっているので、文壇的にみれば、現代でいうところのノマドな存在であり、それを助けたのが川端という背景がある。三田は小説においては理知的で、合理的な突き放した見方をする男だ。そこが三島らしいともいえるが、いまの大宮にとって、ミやチのほうが名文だというあたりなど、坂口安吾のような戦後派の考え方を思わせる面もあった。寺院が全部焼けてしまっても、坊主がいれば、それで信仰は成り立つ。「バラックで、結構だ」(『日本文化私観』)というような。

もっとも、アフタートークを司会した鎌倉文学館の館長は、三島は文章を飾り立てる傾向のある作家であり、川端とは作風がちがうと釘をさす。確かに、三島の小説は美文体といわれ、川端の得意とするシックな心理描写とは趣を異にしている。だが、三島は日本文壇の歴史上、もっとも理知的なインテリ作家というべきであり、あらゆる文体を解説した『文章読本』も書き著しているぐらいであるから、複数の文体を使い分けることも訳はないはずだ。仮に代作であったとしても、それはバロック時代のイタリアで、複数の作曲家がパスティッチョを組んで、共同してオペラを作り上げたメンタリティにちかい。当時は、それが普通だったのだ。

小説の三田は、その立場などから三島に比べ得るような雰囲気もなくはないが、小説の書き手が誰であるにせよ、三田に追従的な見方は感じられず、原作では彼に対してやや批判めいた視点も感じられる。いろいろな見方ができるが、少なくともオペラを観た直後には、デスプラの発言もしっくりくるものであると感じた。

【目に見えないものへの敬意と不遜】
なにより重要なことは、三田と富子の共犯関係をデスプラが巧みに浮かび上がらせている事実だ。三田の来訪前には、病気の父親に寄り添って、看病の娘がいるというだけであった。病床の師を、弟子が見舞うというのも当たり前のことである。しかし、父親であり、師でもあるという存在を前にして、徐々に普通ではない領域に外れていくのである。大宮の存在はあるようでいて、なく、ないようでいて、あるものだ。多分、病人にも人間として考えるところはあるはずだが、2人は次第に、それを無視した言動をとり始める。そういえば、ソルレイは、バックミラーに映る老紳士の顔を何度も映し出していたが、それは時系列的にずれて、あとの場面でハイヤーに出現するはずの顔であったのかもしれない。霊的な存在の前でも、人々はしばしば罪を犯す。物言わぬ巨匠は、既に霊的である。では、三田と富子の罪とは何だろうか。それは多義的に解釈できるが、私にとって、もっとも重要と思われるのは、霊的なものの偉大さを忘れることである。

最後の音が途切れたあとも、ソルレイは着物の女性をスクリーンに映し出した。どちらかといえば、幽霊として現れるのは大宮である可能性が高い。大宮は三田と富子の関係に怒り、不遜な弟子のほうに最後の拳を振り上げたのではなかろうか。だが、三田自身はなにも気づかないのだ。信じないものに、霊的な出会いはこないが、そうはいっても、霊的なものが一切、存在しないというわけでもない。噂では幽霊は女性であり、ここに不思議な入れ替わりも生じており、実際に、私たちが目にするのも女性の姿である。デスプラは、最後に謎を残した。この作品を扱うときに、すべてを解決するのが正解とは思えなかったのだろう。目に見えないものの力を、私たちはこのとき、強く意識した。魔法や、水のように実体のない者、「ドッグ病」など、姿のないものを描くのはデスプラのお得意なのかもしれない。

ところで、元はといえば、幽霊は噂から生じたものだ。噂も霊的なものである。厳然とした形をもたず、それ自体、何も言うことはないが、噂の影響力はつよく人々のこころの中に生き、そこから生じた印象は次第に増幅していくことが多い。その面白さをテーマとしたオペラ作品としては、ロッシーニの『セヴィリャの理髪師』や、ヴェルディの『リゴレット』などが思いつく。デスプラの今度の作品も、かなりシンプルな形ではあるものの、こうした系譜に連なるものといって差し支えないのではないか。小さな噂ばなしや、他愛もない発想が最初は思いもしなかった闇へと人々を引きずっていくのである。『コジ・ファン・トゥッテ』など、モーツァルトにもそうした作品がある。知的遊戯としては、なかなかに滋味のある佳作であった。

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