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舞台芸術

2016年9月10日 (土)

神田慶一 歌劇『青い海よりおおいもの』 国立オペラ・カンパニー「青いサカナ団」 9/3 (初日)

【オペラ・シンフォニア】

クラシック音楽は、筋書きのあるドラマだ。何百年にもわたって、誰かがそれを大切に守りつづけてきた。もしもそれが演劇だとするなら、台詞、演じ方も、舞台装置や演出のあり方、間の取り方に至るまで、数百年の歴史のなかで受け継がれてきたものが確かにあるはずだ。新しい時代の人々はそうしたものへの敬意を払いながら、できるだけ丁寧な再現を試みることで芸術家として認められている。こうした態度はオーセンティック、あるいは、オーソドックスと呼ばれている(後者は批判的な意味でも使われる)。一方、ピエール・ブーレーズは歴史的なものの権威に胡坐をかき、博物館で大切にしまわれた宝物のような姿で、伝統音楽があることを強く否定した。現代では、オーセンティックなあり方を守りながら、芸術家が独自の個性で伝統にぶつかり、これを刷新するという考え方と、時代と対話するなかで生じる、まったく未知の領域を切り開く表現という考え方が融合し、これらのグラデーションのなかで、理想的な創造と再現のあり方が模索されている。

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2016年3月19日 (土)

クリストフ・ロイ(演出) ヤナーチェク 歌劇『イェヌーファ』 新国立劇場・オペラ部門 2日目 3/2

【ワールド・スタンダードな舞台】

ヤナーチェクの歌劇『イェヌーファ』は、世界的にはポピュラーな演目のひとつであるが、日本国内での上演は2004年の二期会の公演が最後であったと思う。ドイツ語上演ではあったが、舞台全面に土を敷いたマルティン・オタヴァの演出、そして、題名役であった津山恵の鮮やかな変身の演唱は独創的なものであり、終幕の最終場に移る際、イェヌーファとラツァの背後の深紅の緞帳が下り、2人だけが肩を寄せて歌う場面の神々しさなど、今日までも記憶に残るプロダクションであった。このドイツ語訳はフランツ・カフカの友人としても知られる、大文人マックス・ブロートが苦労して織り上げたもので、そうしたものが長くドイツ圏をはじめ、世界の広い地域で上演の主流を占めていたことは理解に値する。

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2015年10月21日 (水)

二期会 リヒャルト・シュトラウス 歌劇『ダナエの愛』 深作健太(演出) 準・メルクル(指揮) @東京文化会館 10/4

【概要】

物故した若杉弘氏や岩城宏之氏は生前には「初演魔」といわれ、競うように日本でまだ演奏、上演されていない作品の数々を舞台にかけて、日本では限定的にしか知られていなかったようなクラシック音楽の裏御殿を披露した。岩城がどちらかといえば管弦楽作品に強かったのと比べると、劇場育ちの若杉はやはり、オペラに大きな足跡を残している。リヒャルト・シュトラウスの歌劇『ダナエの愛』も、若杉による演奏会形式の初演が行われている。2006年のこの公演は、新国立劇場や二期会、藤原歌劇団、東京室内歌劇場などのオペラ・カンパニーによるものではなく、(財)新宿文化・交流財団主催のニッチな公演であったせいか、それほどの話題とはならなかったはずだ。この度、二期会が舞台上演としては初演となる舞台を作り上げたのは快挙である。映画や演劇の分野で活躍する、深作健太がオペラ初演出に挑戦。管弦楽は、準・メルクルが東京フィルを指揮した。

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2015年10月 7日 (水)

カンブルラン ワーグナー 歌劇『トリスタンとイゾルデ』(演奏会形式) 第1日 読響 サントリー定期 9/6

【契約延長に相応しい舞台】

これまでも読響では定期演奏会において、演奏会形式で規模の大きなオペラ上演を試みたことはあった。しかし、サントリーホールで5時間ぶっ通し、しかも2公演という例はきわめて珍しい。オーケストラとして考え得るなかで、最高の晴れ舞台が用意された。シルヴァン・カンブルランも就任当初は、欧州で評価の高い自身の指揮によるオペラ上演の可能性について、数週間の準備期間が必要であり、それを日本側が用意するのは難しいから・・・と消極的な姿勢をみせていた。しかし、この男はいつも現実的に、不可能を可能にしてきた人物である。アイスランドの火山噴火の影響でパリからの直行便が飛ばなかった際は、マドリーからテルアビブ、香港を経由して、60時間の長旅を厭わずに日本での公演に駆けつけてきた。東日本大震災の際にも、彼は原発事故などの困難な状況をかいくぐっても、日本のオーケストラと聴き手たちを見捨てることはなかったのである。

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2015年8月 3日 (月)

粟國淳(演出) ドニゼッティ 歌劇『ドン・パスクヮーレ』/J.シュトラウス 喜歌劇『こうもり』 (各抜粋) 新国立劇場研修所 オペラ7月試演会 第16-18期生 2日目 7/19

【新国研修所の新体制】

新国立劇場の研修所の公演は、大変に工夫を凝らしたものだ。オーケストラ付きで大劇場を舞台に・・・という訳にはいかないものの、ミニ・アンサンブルを気の利いた指揮者がコントロールしてコンパクトな舞台をつくったり、質の良いコレペティがピアノやチェンバロなどを弾いて研修生をサポートしつつ、大劇場であまりできていない演目をカヴァーしたり、ときに抜粋ながらもエッジの効いた組み合わせで上演をおこなっている。研修のシステムがある程度、充実したものであり、質の良い、日本のオペラ公演に是非とも必要とされる人材を輩出していくことが大前提だが、近年の実績をみれば、それも申し分ない。例えば、中村恵理はオランダと英国の有名な育成プログラムも経て、欧州の主要劇場で活躍できる歌い手に成長したが、彼女を筆頭に、多くの研修生がオペラの一線で活躍しているのである。

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2015年7月20日 (月)

宮田慶子演出 松村禎三 歌劇『沈黙』 新国立劇場 オペラ部門 下野竜也(指揮)東京フィル 6/28

【概要】

新国立劇場が、松村禎三の歌劇『沈黙』を大劇場で取り上げた。当劇場におけるこの作品の初演は2000年、二期会との共同制作で、その後、2005年には地方から優れたプロジェクトを招聘する第1弾として、大阪音大「カレッジ・オペラハウス」のプロダクションが上演された。これには私も接しているが、当時、刻み込まれた深い印象といったら忘れられようはずもない。新国はさらに、2012年に同劇場演劇部門の芸術監督である宮田慶子を演出に起用して3回目の上演をおこない、今回はその再演ということになるが、いよいよ大劇場での演目に昇格したというわけである。

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2015年6月 4日 (木)

ショルテス R.シュトラウス 歌劇『ばらの騎士』 再演 (J.ミラー演出) 新国立劇場 初日 5/24

【言葉を行動でひっくり返せ】

この公演を前に、オーケストラの内部からSNSのなかでネガティヴなコメントがあった。こころの通わない指揮者との共演は気が進まないというもので、それをみた私はなるべく偏見をもたないように努めた。その指揮者、シュテファン・ショルテス氏はエッセン州立劇場のGMDとして、劇場管を専門誌『オーパンヴェルト』のセレクションで2度も最優秀にした輝かしい実績を誇っている。また、リヒャルト・シュトラウスの歌劇『ばらの騎士』がこの日の演目だが、作曲家から歌劇『ダフネ』を献呈され、『無口な女』を初演したカール・ベームのアシスタントを務めたこともあり、ショルテスはシュトラウスの音楽については一家言をもっている人物だ。その片鱗は二期会の公演で、ペーター・コンヴィチュニイの刺激的な演出で上演された歌劇『サロメ』のときも遺憾なく発揮されたが、この公演は演出と演奏の両方で賛否が分かれたものである。私はそれらのいずれにも、強い賛意を示した記憶がある。

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2015年4月16日 (木)

青いサカナ団 歌劇『ラプンツェル-3058』 2日目(最終公演) 4/5

【曲がり角を曲がったサカナ団の活動】

神田慶一の主宰する青いサカナ団の活動も、曲がり角をすっかり曲がりつつある昨今だ。前回の公演で宮沢賢治の原作をもとにした歌劇『銀河鉄道の夜』を上演し、ダブル・キャストのうち片方の主役級を専門的修養の十分でない高校生ぐらいの歌い手に任せたのが象徴的だ。宮沢は大正15年に「羅須地人協会」を設立し、自給自足の体制に基づく地元の農村で、実用的で科学的な農業指導と、音楽などの芸術の両面で高い教育を施すことで、理想郷的な農村の実現と「農民芸術」の可能性について志向した。これをモデルに、現代の神田(青いサカナ団)はすみだ地域の下町を舞台に、高い修養を積んできた経験豊富な芸術家と、アマチュアの歌い手、そして、幅広い世代にまたがる子どもたちが参加できる、実践的な社会=芸術プロジェクトに移行したと見ることもできる。

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2015年3月18日 (水)

エウローパ・ガランテ ヴィヴァルディ二題 歌劇『メッセニアの神託』 / 協奏曲集「四季」とオペラ・アリア(with ヴィヴィカ・ジュノー Ms) @東京オペラシティ 3/1、3

【ヴィヴァルディ~オペラ・クラシックの開祖】

2006年の来日で、ファビオ・ビオンディ&エウローパ・ガランテと歌手たちが披露した『バヤゼット』の公演は語りぐさになっている。前年に来日したアンドレア・マルコンのヴェニス・バロック・オーケストラが披露したパスティッチョ・セレナータ作品『アンドロメダ・リベラータ』とともに、ヴィヴァルディの真実に近づくプログラムと、技術の高いベルカント歌手陣によるアジリタの素晴らしさが特に話題になったと記憶する。また、これらの公演で用いられた「パスティッチョ」という言葉も一定の認知度を得たと思う。パスティッチョとはヴィヴァルディがいわばプロデューサーとなって、自らの作品以外に、同時代のライバルたちの作品をも組み込んで織り上げた継ぎ接ぎの作品のことを指す。当時、オペラの曲は基本的に使い捨てとなっており、仮に保存に値するような高度な内容を含んだものであっても、なかなか後から省みられる機会がなかった。「継ぎ接ぎ」というとネガティヴなイメージしかないだろうが、ヴィヴァルディはそうした作品の価値に気づき、ところどころ自らの作品と入れ替えたり、自分なりに編曲したりして用いていたわけで、いわば、オペラにおける「クラシック」の先駆けだったといえるだろう。

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2015年2月 8日 (日)

粟國淳(演出) ヴェルディ 歌劇『ファルスタッフ』 アルベルト・ゼッダ指揮東京フィル 藤原歌劇団(2日目)  1/25

【音楽面に賭けた公演】

ジュゼッペ・ヴェルディは自らの死とともに、イタリア・オペラの長い歴史を葬ろうとした。最後の歌劇『ファルスタッフ』はシェークスピアの戯曲『ウィンザーの陽気な女房たち』の道化騎士役を主役にし、イタリア伝統のドタバタ喜劇を構成したものであるが、『マクベス』で見事に重厚なシェークスピア解釈をみせたヴェルディも、今度は大幅に鎌を入れ、ロッシーニだったら倍以上もかけるであろう喜劇をスパッと単刀直入に、描ききったところに最大の皮肉がある。登場人物も整理し、ほんの少しの脇役のほかは、男声4人&女声4人の2組のクァルテットと題名役だけに表現を絞り、序曲もなしに、テンポのよいドラマを仕上げていく。このような背景からみても、『ファルスタッフ』は高度に演劇的な舞台でなければ表現できないと思われる。いかにもオペラ的な手際のよい配慮にもかかわらず、この作品は声楽の素晴らしさのみによって、何ひとつ語ることはできないものなのだ。

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